大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 平成9年(う)244号 判決 1998年2月17日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官細田美知子提出(検察官大野宗作成)の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人中山敬三提出の答弁書に、各記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、本件は、被告人が、酒気を帯び呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有して、平成八年八月一〇日午前一時四分ころ大分市内の道路において普通乗用自動車を運転した、という道路交通法違反(酒気帯び運転)の事案であるところ、被告人は、業務上過失傷害の罰金前科一犯、法定速度違反の罰金前科一犯及び酒気帯び運転による罰金前科二犯がありながら、かさねて酒気帯び運転を行ったものであって、その犯情は極めて悪質であり、被告人には酒気帯び運転の常習癖が窺われ、その交通法規に対する遵法精神の欠如は甚だしく、再犯の虞れも大であること、本件犯行の動機には酌量の余地が全くないこと、本件検挙現場に至る運転経路は交通量の多い主要道路であってそこでの酒気帯び運転は道路交通の安全を著しく脅かすものであること、被告人は真摯に反省しているとはいえないこと、原判決の量刑は最近の同種事犯に対する量刑の実情に比べて著しく軽きに過ぎて他との権衡を失すること等に照らすと、被告人を罰金刑に処すべき情状は何ら存在しないのにこれを罰金刑とした原判決の量刑は著しく軽きに失し不当である、というのである。

そこで、原審記録を調査して検討する。

本件は、被告人が、平成八年八月一〇日午前一時四分ころ、大分市城崎町一丁目付近道路を酒気を帯びて普通乗用自動車を運転したという道路交通法違反の事案である。被告人は、同月九日、大分市内での会議を終えた後、大分市内に居住する友人に電話をしたが連絡が取れなかったことから、自宅から運転してきた普通乗用自動車を大分駅前の駐車場に駐車し、午後五時三〇分ころから午後七時ころまで大分市内の居酒屋で夕食を摂りながら生ビール中ジョッキ一杯、焼酎をロックでコップ二杯位飲み、その後パチンコをしていたが友人と連絡が取れたことから徒歩で大分市金池町一丁目の友人宅に赴き、午後一〇時三〇分ころから翌一〇日午前零時三〇分ころまでの間にビール大瓶二本、三五〇ミリリットル入り缶ビール一本位を飲み、その後、川岸に酔いざましに行くため大分駅前の駐車場に車を取りに戻り、夜間で川岸まで遠くないので捕まることはないと安易に考えて、右車を駐車場から乗り出し友人宅前で友人を助手席に同乗させて大分川の川岸に向かって運転走行中、交通検問中の警察官に飲酒検知されて本件犯行が発覚したものである。これによれば飲酒しているのに特に自動車を運転しなければならない緊急性や必要性は認められず、本件犯行に至る動機、経緯の点において酌量の余地のないものである。

また、被告人が飲酒後本件自動車を運転した経路は、深夜とはいえ、大分市内の中心街で車両の通行量も少なくない幹線道路であって、本件酒気帯び運転は交通の安全を脅かすおそれのある悪質かつ危険なものであったといわざるを得ず、この点は当審証人Aの証言によっても一層明らかになったところである。被告人は、昭和六二年一〇月一九日に業務上過失傷害罪により罰金二万円に、平成二年四月に大分県教育庁の嘱託職員となった後の平成三年三月一二日に道路交通法違反罪(速度違反)により罰金四万円に各処せられているほか、平成三年四月に大分県日出町教育委員会事務職員に採用された後も、平成七年五月九日及び同年一一月二九日の二度にわたっていずれも道路交通法違反罪(酒気帯び運転)により罰金五万円に処せられており、酒気帯び運転による二度目の罰金刑に処せられたときには、同年一二月一八日付で減給(一〇分の一)三か月の懲戒処分を受け、職場の上司から今後再び酒気帯び運転をすれば職を失うことになる旨厳重に注意され、被告人自身も二度としない旨誓約したにもかかわらず、右罰金刑に処せられて僅か八か月余り後にまたまた本件酒気帯び運転を敢行したものであり、酒気帯び運転の常習性さえ窺われるものであって、被告人の交通事犯の処罰歴にかんがみると交通法規に対する遵法精神が甚だ欠如しているものといわざるを得ない。更に、被告人が勤務する日出町は、交通安全宣言を出すなどして町全体で交通安全に積極的に取り組んでおり、被告人自身も同町の教育行政にかかわる一員としてかりそめにも交通法規に違反するような行為を厳に慎むべき立場にあるにもかかわらず、短期間に三度も酒気帯び運転を行ったことに対しては厳しい非難を免れない。そうすると、被告人の刑事責任を軽視することはできず、その量刑を考慮するにあたっては、同種事犯による前刑及び前々刑において罰金の法定刑の最高額をもって処断されていながらまたまた同じような犯行を繰り返した点にかんがみると、もはや罰金刑による感銘力をもってしては再犯防止に十分ではないことが明らかになったということができるから、今回は特段の事情のない限り罰金刑でなく懲役刑をもって臨むほかないといわざるを得ない。

原判決は、「量刑事情」の項において、被告人のために酌むことのできる事情として、<1>本件における呼気一リットル中のアルコールの量は〇・二五ミリグラムと特に高濃度とはいえないこと、<2>被告人は平成七年一一月に罰金刑に処せられた後は本件まで酒気帯び運転をしていたとは認められないこと、<3>本件により初めて公判請求され、その審理の過程を通じて反省し、それまでの自分が社会人としての自覚に欠けていたことに気付き、上司に対する態度も責任あるものに変わってきていること、<4>法律扶助協会に合計二〇〇万円の贖罪寄附をしていること、<5>本件車両を既に処分し、今後は車を持つことも運転免許を再取得することもない旨誓っていること、<6>日出町教育委員会においては、今後、文化財の発掘・保存にかかる仕事が増大することが見込まれるところ、そのような仕事ができるのは被告人しかおらず、職場が被告人を必要としていること、<7>被告人の任命権者である同町教育委員会教育長が、上司として、私的な面においても今後被告人の父親代わりとして指導監督する旨誓約していること、<8>被告人は、本件により既に停職六か月の懲戒処分を受け、現在も休職中であるなど公務員として相当重い処分を受けていること、<9>被告人にはこれまで懲役刑の前科はないこと等を指摘し、本件で懲役刑を選択して処断すると執行猶予を付したとしても法令の規定により被告人は公務員の身分を失うことになるが、右のような被告人のために酌むべき諸事情を考慮すると、被告人に対し公務員の身分を失わせることになる刑を科すことは刑事処分として酷にすぎ、被告人の改善更生にとって有効であるともいえない旨を判示している。確かに、原審記録によれば、被告人のために酌むことのできる事情として前記<3>ないし<5>、<9>の各事情が認められる。しかしながら、<1>の点は、前記のように、被告人は、当夜相当量の飲酒をし、そのような状態で自動車運転に及べば酒気帯び運転で検挙されることがあり得ることを十分認識予見しながら敢えて自動車を乗り出したものであって、このような運転の経緯にかんがみるならば、検出された身体の保有アルコール量が比較的低い数値を示していたとしても、それをもって被告人に有利な情状とみるべきか否か疑問とする余地がないわけでなく、<2>の点は、むしろ前回処罰時から僅か八か月余りでまたまた同種再犯に陥った点を重視すべきであると考えられる。<6>の点は、原審記録及び当審における事実取調べの結果をも併せ参酌すると、確かに、日出町においては今後文化財の発掘・保存の仕事が増加することが見込まれ、そのために考古学の知識を有する者が職員として必要とされていることが認められるものの、それが被告人でなければならないという事情は認められないし、<7>の点は、日出町教育委員会教育長のBが原審公判廷において原判示のような供述をしていたことが認められなくはないが、しかし同人は当審公判廷において、職場における指導監督はできるが、職場を離れた場面での指導監督はできない旨述べているのであって、この点の原判決の判示は前提を欠くに至ったといわざるを得ない。また、<8>の点については、被告人は本件起訴(平成八年一一月二二日)前である平成八年一一月一五日付けで六か月間の停職処分になり現在も休職中であることが認められ、この処分が相当重い処分であることは否めないところであるけれども、他方において、日出町町長は、既に原判決宣告前に、捜査官に対し、被告人の行った行為はモラルに反するものであり、国民全体の奉仕者として国民の信頼に応えなければならない公務員としては不適格であると考える旨供述し、被告人の上司であるCも、当審公判廷において、三度も酒気帯び運転を引き起こした被告人は公務員としてはふさわしくない旨証言しているところからすれば、被告人を日出町職員の地位にとどめることに対しては部内でも異論があるところが窺えるのであって、既に述べたとおり、町全体で交通安全に取り組んでいる日出町の職員でありながら僅か一年四か月足らずの間に三度にわたって酒気帯び運転を行い、しかも二度目の酒気帯び運転の際には職場の上司から厳重に注意され、被告人自身も二度としない旨誓約したにもかかわらず、その八か月余り後にまたまた本件酒気帯び運転を敢行したものであること、右停職処分をした任命権者である前記教育長Bも当審公判廷において現在では裁判の結果失職することになってもやむを得ないと考える旨証言していること等にかんがみると、停職処分という重い処分に処せられていることをもって懲役刑でなく罰金刑で処断するのが相当であるとする理由の一つとした原判決の判断にはにわかに賛同できないというほかない。加えて、平成六年一月以降平成九年八月までの大分地方裁判所における同種事犯の量刑の実情をみると、酒気帯び運転の罪による罰金前科二犯を有する者が再度酒気帯び運転を重ねた場合には罰金刑でなく懲役刑に処せられていることも考え併せるならば、被告人が公務員であるが故にその身分を失わせることになる懲役刑を科すことは刑事処分として酷にすぎる旨の原判決の判断は到底肯認することができない。

してみると、前記のとおり、被告人のために斟酌することのできる諸事情を十分考慮しても、本件が罰金刑を相当とするような特段の事情がある事案とまでは認められず、被告人に対し罰金刑を選択し罰金五万円に処した原判決の量刑は著しく軽きに失し不当というべきであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書を適用し、当裁判所において更に次のとおり判決する。

原判決が認定した犯罪事実に原判決と同一の法令を適用し、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役三月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から二年間右刑の執行を猶予し、当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用してこれを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 神作良二 裁判官 岸和田羊一 裁判官 古川竜一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例